Laguage

Study in Japan Global Network Project in ASEAN

日本の皆様へ

ミャンマーよもやまばなし

2021年01月26日

第11回 明日のための文化交流

堀口 昭仁在ミャンマー日本国大使館書記官(文部科学省派遣)

 

 写真が苦手である。笑顔にならないといけないシチュエーションはいつも私を笑顔から遠ざける。はい、チーズ。フレームに写るは、笑おうとしている努力だけは認められる引きつった表情。撮るよと言われて、撮られる準備を整えられる人は天才に決まっている。と自分に言い訳をして、カメラから逃れてうん十年。これまでなんとかやってきた。出向元の文部科学省では許してもらってきたが(本当か)、外交官ともなるとそうはいかない。ことに私の所属する広報文化班は、式典やイベントが多く、写真撮影の機会が多いのだ。

 ある日のこと。偉い人による一連の挨拶が終わり、さあ始まりました、いつもの、あれ。カメラマンが重量感のあるカメラを手にのっそりと姿を現すと、えもいわれぬ緊張感と華やいだ空気に場内は包まれる。隣には、色とりどりの民族衣装をまとったミャンマーの若者達。楽しそうに談笑しながら、写真を撮られるためのポーズを取り始める。どいつもこいつも天才達ばかりだ。なんでそんなことができるのか。私は凡人。しかしながら、凡人ゆえに、人から学ぼうという姿勢は持ち合わせている。少し体を斜めに向けて、指パッチンをする格好で右手を前に差し出している。ミャンマーのピースサインみたいなものか。郷に入れば郷に従え。寄らば大樹の陰。見様見真似で右に倣い、満面の笑みを浮かべる若者達と一緒にパチリ。出来た気がする。やったではないか。そのときの写真は手元になく今となっては確かめる術はないのだが、成功体験は人を成長させるもので、その後、私は少しだけ笑顔を浮かべて写真撮影をすることができるようになった気がしている。

 

 なんてエピソードからはじめましてすみません、自己紹介が遅れました。私は堀口昭仁と申します。文部科学省からの出向で2018年4月に在ミャンマー日本国大使館に着任しました。教育や文化、スポーツを担当しています。東京以外に住むのはヤンゴンが初めてです。なんて、自己紹介を何度したか覚えていないが、わたしが所属する広報文化班という組織はその名前のとおり、広報や文化交流をするのが仕事であり、その一環で留学生交流も担当している。大使館は外務省の一部なので、外務省設置法にその任務や所掌事務が規定されているのだが、第3条によると「外務省は、平和で安全な国際社会の維持に寄与するとともに主体的かつ積極的な取組を通じて良好な国際環境の整備を図ること並びに調和ある対外関係を維持し発展させつつ、国際社会における日本国及び日本国民の利益の増進を図ることを任務とする」とされている。ここから広報文化班に期待されている一番のミッションをえいやと私なりに解釈すると「日本のことを好きになってもらう」ことに尽きると思っている。

 この点、言わずと知れた大の親日国であるミャンマーでは、広報文化の仕事は本当にやりやすい。ソーシャルメディアにちょっとしたポストをすれば、いいね!の嵐。コメント欄には好意的なメッセージがならび、ネガティブコメントがつくこともほとんどない。しかも、少なからぬコメントは日本語で書かれている。日本企業への就職や技能実習・特定技能への関心の高まりも背景に、日本語学習熱が極めて高いのだ。2018年の国際交流基金による「海外日本語教育機関調査」によると、ミャンマーにおける日本語学習者は3万5,600人、日本語教育機関は411校。中等教育段階から日本語を学ぶ国に比較すると少なくはあるものの、2015年からの3年間でなんと3倍以上の増加率を記録している。「日本語能力試験(JLPT)」も、2019年の受験者数は約5万3,000人。約6,500人だった2015年からわずか4年間で8倍以上も増加している(なお、2020年は新型コロナウイルス感染症の影響で中止)。ヤンゴンとマンダレーにある国立の外国語大学では、日本語学科は英語に次ぐ人気を誇り、ヤンゴン大学、ヤンゴン工科大学、マンダレー工科大学といった国内トップクラスの大学でも日本留学や日系企業への就職を目指す優秀な学生達が、東京外国語大学が設置した日本語教室や、日本の民間企業が支援する日本語教室等で日本語学習に取り組んでいる。


 

 しかし、なぜに日本語を学ぶのか。留学や就職先なら他にもあるのではないか。もちろん、給与や日本の治安の良さなども大きな要因であるが、そもそもの理由としては、日本そのものに対するイメージの良さがあげられる。外務省が2019年に実施した「ASEAN(10か国)における対日世論調査」(以後、「世論調査」)によると、日本を「最も信頼できる国」と回答した人はなんと回答者全体の61%にも及んでいるのだ。第2位の中国は9%にとどまっており、日本に対する信頼が桁違いに高いことがわかる。他国で実施された同「世論調査」の結果に目を向けてみると、日本を「最も信頼できる国」と回答した人の比率は、ベトナムで37%、タイで33%、マレーシアで22%。親日国の多いASEANの中においてもミャンマーにおける親日度は群を抜いていると言えるだろう。

 では、日本を信頼するその理由は何なのだろうか。「世論調査」では、日本を信頼すると回答した人にその理由を選択式で質問しており、「経済的結びつき(投資、良好な貿易関係」を理由とした人は69%、「友好関係、価値を共有する関係」を理由とした人は57%、「世界経済の安定と発展への貢献」と「地球規模の課題解決(環境、気候変動、感染症、人口、貧困など)への貢献」を理由とした人はそれぞれ43%。もちろん、このほかにも様々な理由や背景があるのであろうが、日本による占領期の記憶は残っているにもかかわらず、戦後日本の長年における経済協力や外交的結びつきが高く評価されていることがわかる。

 そうした日本による長年の協力のひとつとしてあげられるのが、留学だ。日本はミャンマーが軍事政権時代にも例外的に留学生の受入を行っており、ミャンマーの有望な学生にとって、最先端の学問や技術に接することのできる数少ない主要先進国であった。このため、現在でも影響力のあるポストに就く要人に日本留学経験者が多く、たとえば、ヤンゴン大学は学長、副学長、各学科長に日本留学経験者がずらりとならび、日常会話レベルなら日本語で行うことができる。国費留学試験の面接をしていても、日本を選ぶ理由としてその技術力や戦後復興への評価とともに「指導教官が日本に留学していて勧められた」、「親戚が日本に留学して経済的にも成功をおさめた」などといった理由をあげる者も多く、祖父母や親世代の留学の経験が、次世代にとっても好意的な影響を及ぼしていると言えるだろう。

 インフラ整備や医療支援などに比べると援助の成果は目に見えにくいが、国の発展を支え、また、長期にわたり日本との友好関係を深めてくれる人材を育成する留学という政策は、大学の国際競争力を高めるという観点のみならず、親日家を育成する、つまり「日本を好きになってもらう」ことを目的とする文化交流の観点でもきわめて重要かつ効果的な手段であると思う。何もかもが祖国と異なる外国での生活。理解したいが理解できない独特の風習。複雑怪奇な文法と多層的な意味を持つ外国語。思うように進まない研究。そして、そんな毎日を一緒に過ごす友人や恩師。ひとつひとつは私的な小さなエピソードに過ぎないが、そうしたひとつひとつの人と人との交流が、10年、30年、50年と継続する、深く柔らかい信頼関係を構築する。たとえ、国と国との関係がうまくいかない時期も、一つ一つはささやかなこうした信頼関係が、未来を築くための強い基盤となることだろう。

 

 その一方で課題もある。「世論調査」によると日本を最も信頼する国と回答した人のうち、その理由に「魅力ある文化」を選んだ人はわずか27%。「日本に関してもっと知りたいと思う分野」という設問に対しては、「政治・外交、安全保障」を選択した者は78%、「科学・技術」を選択した者は60%である一方、「文化(伝統文化、ポップカルチャー、和食などを含む)」はわずか32%であり、ベトナム(70%)、タイ(62%)、マレーシア(70%)と比べてもその比率は圧倒的に低い。先に述べたヤンゴンとマンダレーの外国語大学でも日本語研究は行われているが、日本文化に関する研究はほとんど行われていないのが今現在の実情である。

 もちろん、日本を好きになってくれる要因がたくさんあることは素晴らしいことであり、文化に頼る必要は必ずしもないかもしれない。しかしながら、ミャンマーにおいて「最も信頼できる国」として中国と同率で第2位となったのは韓国。日本や中国に比べて経済的な結びつきがそれほど高くないにも関わらず、これほどの高い評価を集めている要因のひとつは、やはり韓国文化であろう。BTSに、ブラックピンクをはじめとする韓国のアイドルグループや韓流ドラマの人気はミャンマーでも絶大である。PROJECT-KというKポップを意識したミャンマー人男性アイドルも昨今人気。アカデミー賞作品賞等を受賞したポン・ジュノ監督の「パラサイト」は、韓国系のCJグループが運営する映画館で上映されたこともあり、2週間で打ち切りが当たり前のミャンマーにおいて、異例のロングラン上映となった。ちなみに、冒頭の写真撮影のシーン。お気づきの方もいるかと思うが、わたしにちょっとばかりの自信を与えてくれたあのポーズは、世に「指ハート」と言われる韓流スター発祥のもの。流行に疎い外国人にミャンマー文化と勘違いさせるほど韓国の大衆文化が根づき始めている。

 一方の日本。「おしん」や「ドラえもん」、ジブリ作品は長期にわたり幅広い世代から人気があるし、酒が回ると長渕剛の「乾杯」を歌いだすおじさんも多い。(ほとんどが海賊版サイト経由であろうが)「鬼滅の刃」や「ハイキュー!!」といったアニメーションを日本と時差なく観る若者達も増えてきている。しかし、現状においては、韓国の大衆文化の勢いには及ばないことは否定できない。日本政府もこうした状況の中、日本文化の国際発信を重要施策としてとらえ、ミャンマーにおいてもここ数年で急速に日本文化の発信拠点を整備しつつある。2018年には、クールジャパン機構やNHKグループ等の出資による番組制作会社「ドリームビジョンカンパニー」が設立され、ミャンマーの民間テレビ局MNTVで日本の番組を放映、また、ミャンマー最大の日本祭り「ジャパン・ミャンマー・プエドー」を日本大使館らとともに開催している。国際交流基金は、2014年にASEAN諸国等との文化交流を目的とする「アジアセンター」を設立し、日本語ボランティア派遣事業「日本語パートナーズ」や「日本映画祭(JFF)」等を実施。2019年には世界で25カ所目となる事務所となるヤンゴン日本文化センターを設置した。このほか、文化庁が大型の展覧会や映画祭を開催するなど、単発の大型文化事業も増えてきており、まさに日本文化の発信を、官民を挙げて展開していく基盤が整備されつつあるところだ。ミャンマー側の制度面についても、これまでミャンマーでは外国の著作物を保護する必要性がなかったが、JICAによる知財専門家の派遣などの支援もあり、改正著作権法を含む知的財産法が制定されるなど、日本のコンテンツを輸出できる環境が整いつつある。

 成長著しいミャンマー。国民の所得水準も向上し、今後、日本の文化産業にとっても魅力的なマーケットになっていくだろう。種をまくためには今こそが重要な時期だ。また、文化を通じた交流は、国と国との関係を一層、強く、深く、そしてレジリエントなものにしていく。三つ子の魂百まで。よほどのことがない限り、一度、心から感動した文化を嫌いになることはない。たとえ、国と国の関係が難しい局面を迎えたとしても、文化を通じた市民レベルの結びつきがあれば、ちょっとやそっとのことでは関係が崩れることはない。文化交流こそがこれからの100年、200年と続く日本とミャンマーの未来にとってもっとも重要なものである。わたしはそう信じている。


 

 この原稿を書いている2020年12月末現在、新型コロナウイルス感染症は世界的に猛威を振るい続けており、ミャンマーでも3月中旬以降、学校は閉鎖され、対面型のイベントは開催できず、外国との往来は制限されたままである。文化交流の基軸である「人と会うこと」がままならず、ほとんどの会議や行事はオンラインで開催せざるを得ない状況が続いている。スピーチコンテストも映画祭も留学フェアもみんなオンライン。正直、中止してもいいのではと何度か思ったことがある。皆が楽しみにしている写真撮影もできやしない。オンラインには便利な面もあるが、正直、それよりも限界が大きい。

 しかし、文化交流の目的は好きになってもらうこと、お互いに関心を持ち続けていくこと。そのためには、たとえ規模が小さくても、継続することが何よりも大切だ。未曾有のパンデミックの最中でも、とにかくコミュニケーションの火種を絶やさないこと。信頼関係は継続からしか生まれない。今は継続だけが正解。たとえ完璧ではなくても、たとえ準備が無駄になっても許容する。そもそも成果がすぐにでないのが文化交流。今は大きな花を咲かせるための準備期間。すべては明日のため、100年、200年先の未来のために。

 なんてことを考えながら、ポストコロナの文化交流で新たに生まれる大きな喜びを想像して、この原稿を書いています。

2020年12月末、ヤンゴンにて。

 

※本稿は、筆者個人としての見解であり、所属元としての見解ではありません。

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